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つれづれに読み物置いてきます。 現在 双子慶ちゃんで学園物語連載中。
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昔から幸村は自分の力だけを信じて生きてきた。幼い頃から師と敬う武田信玄の
もとに住み込みで剣道を習い、小学一年生にして上級生を押し退けで全国一にまで上り詰めた。
中学生になっても、その座は誰にも譲らなかった。

男は強くなければならない


そう信じて幸村は毎日竹刀を振り続けた。
試合に勝てば信玄に誉めてもらえる、喜んでもらえる、それだけが幸村の生き甲斐。
しかし、圧倒的な力を得た幸村には人一倍に欠落した部分があった。
他人とのコミュニケーション能力だ。
トモダチは必要ない、まして恋人などもってのほかである。

「旦那ー、おやつですよ」

今日も幸村は道場で独り黙々と竹刀を振る。
神棚の横に掛けられている時計は15時を指していた。

「今日はみたらし団子だよー」

毎日この時間に佐助は幸村におやつを差し入れする。ちなみにみたらし団子は幸村の好物だ。
いつもなら、すぐに竹刀を放って食い付いてくるはずなのだが今日は反応なく黙々と素振りを繰り返している。佐助はじっと幸村の背中を見つめた。
以前とは違い隙だらけだ。まるで、ワンパターンの動きしか出来ないロボットのように心がない。
ひとつにくくった髪がゆらゆらと揺れている。

「旦那!!」

そっと近付いて耳元で名を叫ぶと幸村は驚いて竹刀を思わず床に落とした。

「は、さ、佐助か…」
「心ここにあらず、そんなんじゃ練習しても意味がないよ」
「すまぬ…」

佐助は額に汗を浮かべている幸村にタオルを渡した。
幸村はすぐにタオルで顔を覆った。

「慶ちゃんのこと、気にしてるのかい」

幸村は正座をし、目の前に差し出された団子に手を伸ばした。浮かない顔だ。

「ウジウジするなんて旦那らしくないよ?好きならアピールしてかなきゃ振り向
いてもらえないよ」
「どうすればよいか分からないのだ。慶殿に、どうしてほしいのか分からぬ」

佐助はゴロリと横になって、床に肩肘をつき頭を支える姿勢をとった。
幸村の色恋沙汰は嬉しいが、見ていて退屈なのだ。
ぼーっとどこかを見つめて動かない幸村、右手に握ったみたらし団子の“み”が
ポタリと床に落ちた。

 

 


「兄貴、アイス食べたい」
「ん?じゃあ買ってくるよ、なにがいい」

慶は首を横に振った。

「慶も、行く」

双子は高校入学を機に、実家を離れ二人でアパート暮らしを始めた。2Kの小さな
部屋だが不自由はない。
一部屋は慶の部屋、もう一部屋はリビング兼慶次の部屋だ。二人掛けのソファと
テレビとテーブル、あとは慶次のベッドとクローゼットが設置してある。

「ダメだ、怪我してるんだから」
「ずっと部屋にいたら滅入っちゃうよ」

慶は怪我をしてから部屋に軟禁状態だ。行きたい行きたいと駄々をこねる慶に観
念し慶次は彼女を連れて近くのコンビニに向かった。歩いて10分ほど行くとコン
ビニが見えてきた。今日も燃えるような暑さだ、すでに汗だくだ。
ピンポンと自動扉が開き、二人は中にはいった。身体中の汗が一気に引いた。
二人は真っ直ぐアイスのショーケースに歩み寄り中を覗いた。
慶次は迷わずモナカアイスを選んで会計を済ませた。だが慶は色々目移りして決
まらない。

「外にいるから」

慶は白いTシャツにデニムのショートパンツというラフな出で立ちで、そのすらりと
伸びた脚を見つめながら慶次は言うと店を出た。
ビニール袋からモナカアイスを取り出して封を切り噛り付いた。口のなかいっぱ
いに冷気が流れ込む。バニラと板チョコがとても甘い。

「慶次じゃねえか」

どこからか名前を呼ばれた。目についたのは漆黒の高級外車だ。後部座席の扉が
ゆっくりと開かれ、政宗が現れた。
彼が金持ちだという噂は聞いていたがまさか事実だったとは思わなかった。
一瞬、暴力団かなにかの車かと勘違いしてしまいそうだ。

「政宗もコンビニなんか利用するのかい」
「いや、借りてるのはそこの駐車スペースだけだ」

まだ慶は店のなかだ。

「一人じゃ、ないんだろ」

政宗はチラリと店内に目を向けた。

「慶がいたらどーするってんだい」
「怖い顔しやがって…分かってるよ、近づかねぇさ…」

政宗の視線の先は間違いなく、慶だろう。もし政宗が一歩でも店内に近づいたら
慶次はその顔に一発拳をぶちこむつもりだ。ピリピリとした彼の殺気を感じてい
るのか政宗は視線を外し、慶次に背中を向けた。

「暑いな、小十郎」

そう呟いて、一歩車に近づいた。

「さようですね」

同時にコンビニの自動扉が開き、真夏だというのに黒いスーツにネクタイをきっ
ちり締めた背の高い男が現れた。
慶次はその男の横顔を見つめた。頬に大きな古傷がはしっているのが印象的だっ
た。

「どうぞ」
「え?」

突然男は慶次のほうを向き、ジャケットの内ポケットから木綿のハンカチを差し
出した。どうすればよいか分からないと言った顔で慶次は反射的に男を見つめた
。男は口元に小さく笑みを浮かべると差し出した左手を慶次の口角に当てた。

「チョコレートがついてますよ」
「あ、あぁそう?ありがと…」

男は無駄のない動きでハンカチを内ポケットに戻して、小さく会釈して踵返し政
宗が待っている車の運転席に乗り込んでいった。
間もなく車のエンジンが掛かり、駐車場から姿を消した。

「ねえねえ!!さっき、ATMのところに渋いかっこいい男の人が…にぃに?」

入れ代わりに慶が興奮気味にコンビニ袋を振り回しながら店から出てきて、慶次の腕を振る。
彼女が言う渋い男の人とは、さっきの男だろう。
慶次は頭が痛くなるほどの嫌悪感を覚えた。
得体の知れない嫌悪感だ。一瞬で慶次はあの男は何か特別なモノをもっていると感じた。

「小十郎っていうんだって、あの人」
「知ってるの?」

慶次は首を横に振る。慶は首をかしげた。

「帰ろうか」

慶次はバニラが溶け始めたモナカアイスをまた一口頬張って、慶の左手を握った。

慶を守るのが、今の使命だ。だから、何事にも気を取られてはいけない。

 

 


物静かで美しい女性だと幸村は思っていた。慶は他の女子生徒より大人びていて
何事にも真面目に取り組む。今思えば、一目惚れだったのかもしれない。
もっとさかのぼれば、入学式のとき最初に覚えた顔は彼女だった気がする。
校門に植えられた桜も、卒業生の旅立ちを見送り、すっかり散ってしまっていた4
月、幸村はピカピカの学生服を着て独り校門をくぐった。入学式も一週間前に済
ませ高校生活が本格的にスタートした。
幸村の視線の先には、いつも慶がいた。
意識してるのではなく、気付いたら彼女の後ろ姿を見つめていた。
少しでも彼女が振り返ろうとしたら、とっさに視線をそらした。
双子の兄と席が並んでいるから、たまに頭が混乱する。
教室から、彼女がいなくなるとそこらじゅうから彼女の話題が聞こえる

可愛い、スタイルがいい

男子は皆同じことを口にする。

対照的に女子生徒はひがみばかりを口にしていた。
幸村にとって、慶は遠くの人。声の届かない場所にいる人に思えていた。軽々し
く彼女のことを口にしては罰当たりだと勝手に思い込んで、絶対彼女と話をしよ
うとせず話題にすることを避けていた。
しかし意外にも歩み寄ってきたのは慶からであった。


「真田くん、昨日保健委員会あったんだよ」
「え…」

幸村と慶は偶然にも同じ保健委員という役職についていた。昨日が初めての委員
会だったことを幸村はすっかり忘れていた。

「…たいした仕事はなかったから、いいよ」

口では許してくれてるが、慶は怒っている。
謝らなければ、しかし、目を合わせることも口を利くことも出来なかった。
教室には誰もいない。慶と二人きりだった。ホームルームが終わってから既に一
時間経ち、皆部活やバイトやデートやらで偶然二人しか残らなかったのだ。
幸村は、佐助の用事がすむまで数学の課題に立ち向かっいた。
慶は何も言わない幸村に呆れたのか、自分の席に戻ってしまった。
彼女は誰かを待っているのか、何度もケータイを確認している。
窓からさす夕陽を浴びる彼女の後ろ姿は、天使のように神秘的で幻を見ているか
のようだ。

「真田くんは」

突然、慶は振り返った。ふわりとポニーテールが揺れる。

「佐助先輩と、知り合いなの?」
「はい」
「そうなんだ。前に昇降口で先輩と楽しそうにしてたから、びっくりしちゃった
よ」

初めて慶の笑顔を見た。先程まで冷たい目をしていた彼女が、細めた暖かい瞳で
幸村を見つめている。

天使だ、天使がいる

「真田くんも、あんな風に、笑うんだね。いつも、むっつりしてるから…なんだ
か嬉しい」

口元に手を添えて上品に笑う慶の姿は、いつも以上に輝いて見えた。

不思議だ
自分が笑うだけで
彼女が嬉しいと言ってくれる

「ごめんなさい」

幸村は呟いた。
慶は二度瞬きをした。

「昨日、一緒に委員会に参加せずに帰ってしまって…その…謝れなくてごめんな
さい」
「いいんだよ、ちゃんと謝ってくれたから」

幸村は頬を赤く染め、破顔した。笑うと一層幼く見える。
幸村の笑みに慶はまた優しく笑みを浮かべた。

「真田くん、笑ったね」
「前田殿も、笑ったほうが、か…かわ…かわいい」


生まれて初めて手に入れたいと思った。優勝トロフィーでも名誉でもなくて、彼
女の笑顔を独り占めにできたらいいと。

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ここに、双子がいる。
男の子と女の子の双子である。
二人は幼少の頃から近所の人気者で、兄は男前と言われ、妹は美人と言われた。
つまり、男女ともにウケの良い中性的な顔立ちなのだ。
兄は活発であるが、妹は物静かである。兄は勉強が苦手だが妹は得意で、代わりに兄はスポーツ万能で妹は運動音痴である。
顔は同じだが性格はおもしろいほど相対的であった。
双子は優しい叔父と叔母に不自由なく育てられ、現在高校一年生である。
顔のつくりはそっくりだが、もう妹に間違われることも兄に間違われることもない。
兄は立派に大きくなり、妹は女性らしい体になった。声も、仕草も次第に変化していった。

兄の名は慶次といい
妹の名は慶という

もちろん、姓はともに前田である。


「慶、次の土曜日、freeだろ?俺とデートしろ」
「次の土曜…?学校あるじゃない」
「どーせ午前中に終わるだろ?午後だよ、午後。いいだろ?」

もうすぐ夏休みという頃、地獄の定期テストから解放されクラス中が歓喜に湧いているなか、
机においたカバンに教科書をつめて帰る準備をしていた慶の前に同じクラスの伊達政宗が現れた。
彼は一年生だけでなく、上級生からも“抱かれたい男ナンバーワン”と人気の男前だ。
肌は白く、鼻筋がとおり、一重の目がとても色っぽい。
右目はいつも眼帯に覆われて、それを隠すように伸びる漆黒の前髪は光に反射してキラキラしている。
学校一のモテ男にデートに誘われれば、どの女子も万更でもなく即了承するだろう。

「ごめんなさい」


しかし慶は迷うことなく首を横に振った。

「別に行きたいところもないし、政宗くんといても楽しくないから」

教室が静まり返った。

「じゃあ、兄貴が待ってるから」
「ま、まてよ!!楽しいかどうかは行ってみねぇと分からないだろ」

教室から立ち去ろうと席を立った慶の腕をすかさず政宗は掴んで引き止めた。

「触らないでよ」

慶は周囲の視線に嫌悪感を覚え、政宗の手を振り払った。そして逃げるように、教室をあとにする。
早足で慶次が待っている昇降口へ向かう。一年生の教室は三階だ。
階段を降りていると、頭上からバタバタと足音がしてきた。

「Wait!!まだ話は終わってないだろ!!」
「しつこいなぁ~…」

政宗が自分の鞄を抱え、後を追ってきたのだ。
慶は追い付かれないように足を速める、負けじと政宗も階段を駆け降りてきた。
一階までたどり着き走ろうとした途端、政宗に肩を強く掴まれそのまま壁に押しつけられた。
ワイシャツを通して壁のひんやりとした感じが背中に伝わる。

「なにが気に食わない」

政宗は慶を逃がすまいと、彼女を挟むように両手を壁についた。
真っ正面にある慶の顔は、そっぽ向いていてこちらを見ようとしていない。

「答えろよ」

少しきつい言い方になってしまったらしく、少し慶は怯えているようだった。

「……べつに、気に食わないとか」

慶がゆっくりと口を開いたとき、女子生徒が笑いながら降りてくる声がした。
政宗がそちらに気を取られたすきに、慶は彼を押し退け逃げるように走り去ってしまった。

「なあ」

政宗は慶が廊下を曲がって見えなくなると、横を通り過ぎようとした女子生徒達三人に呼び掛けた。
まさか、政宗のほうから話し掛けられるとは思わず女子生徒達はきゃあきゃあ小さな声を上げた。

「前田慶って、俺のこと避けてるよな?何でか知ってるか?」
「え~…あれじゃなぁい?政宗くんって優秀だから自分じゃかなわないからとかぁ?」
「だいたいさー、慶ってトロいし話してもつまんないよねー、トモダチ少ないし~…
 つーか、自分は特別なの~みたいなオーラ出しててムカつかない?」
「政宗くんも、あんなのの何が良いわけ?絶対うちらと遊んだほうが楽しいよ~!!」

政宗の問いとは関係のない慶の悪口で女子生徒三人は盛り上がっている。
援交やら、ネクラやら根も葉もないことまで言い始め、政宗は頭に来て壁を思い切り殴った。
相手が男なら確実に顔面に拳が入っているだろう。小さな悲鳴を上げて、三人は黙り込んだ。

 

 

 

 

「あれ~お嬢ちゃん暇してる?よかったらお茶しなぁい?」
「佐助先輩!!」

政宗から逃げ切ったものの兄の慶次と待ち合わせた昇降口に彼の姿はなかった。
慶は慶次にメールを送り、ぼーっと返事を待っているところだった。そこに絡んできたのは一つ学年が上の猿飛佐助だ。
昇降口は一年と二年で同じ場所にある。

「慶次待ちかい?」
「いなくなっちゃって」
「健気よねぇ!慶ちゃんみたいな子が待っててくれると嬉しいよね。ところで、旦那知らない?」
「幸村は日直だったから、日誌かいてたよ」
「あら、そう、じゃあもうすぐ来るかなぁ。一緒に待ってていい?」

慶は頷く。佐助は終始ニコニコしながら世間話をしている。
天気のこと、先生のこと、クラスのこと、慶はそれをただ聞いているだけ。
聞いているというか、聞き流しているようだ。
彼女は別のことを考えている。明日の宿題のことでも、土曜の午後のことでもない、伊達政宗のことだ。

ゆっくりと流れる雲を見つめながら


ただ政宗のことを考えていた。

 

 

一方、双子の兄のほうは滅多に人の来ないグランド用のトイレの裏にいた。
彼の前には深々と頭を下げる同級生の女子がいた。

「気持ちは嬉しいんだけどさ、俺、あんたと付き合うつもりないんだ…ごめんな」

慶次は困ったようにこめかみを指で掻きながら呟いた。
その言葉に女子生徒は下げていた頭をゆっくりとあげた。

「…そう、だよね。ごめんなさい、私のこと名前も知らないのに付き合ってなんて言われても困るよね!!
 あぁ、でもこれで名前くらい覚えてもらえたかな」

早口で単語を並べて笑顔を作る女子生徒の眉じりが下がりその瞳が潤みはじめ、
間もなく一筋の涙が頬を伝った。

「じゃあ、行くわ。もっとイイヒトはたくさんいるからさ…いい恋しなよ」

慶次は女子生徒の頭を軽く撫で、その場を立ち去った。
背後で女子生徒がしゃがみこみ嗚咽を漏らしているのを感じたが慶次は振り返らなかった。
告白されるのは慣れている。
だが、“断る”のは何回重ねても慣れないものだ。
慶次とて一人の男、恋愛くらいは当たり前のようにしてきた。
だが、告白しようと思ったことはない。


相手には最初から“断る”という選択肢しかないからだ。


双子の妹も、異性によくモテて中学時代は男子の人気を独り占めにしていた。
慶次のトモダチも、そのトモダチも“慶”の話題になると敏感に反応し目を輝かせていた。
そんな妹を、妬ましく思ったこともある。
ちょっとしたことで、イライラして苛めてしまったこともある。
男子の視線を全て奪う同じ顔の妹、同じ姿をしているのに、どうして自分は男子の視線を奪うことが出来ない?

答は生まれたときから出ていた。

 


慶次は


男の子だから。

 

男の子は、女の子を好きになる。
でも、慶次はそんな当り前が大嫌いだった。

 

「あれ…慶、帰っちまったかな」

昇降口に戻ったが、待っているはずの慶の姿はなく、代わりに下駄箱のなかにメモが入っていた

“もうしらない”

どうやら待たされてご立腹のようだ。
慶次はメモを制服のズボンのポケットにつっこんで、昇降口を後にした。

 

 

 

翌日、慶次は呼びだされた。今日は女子からではなく、友人の男子からだ。もちろん、告白ではない。
待ち合わせの校舎屋上の扉を開けると見慣れた顔の友人が難しい顔で右往左往していた。
同時に夏の熱気がもわっと体を覆って、一気に汗が噴き出した。

「よう、どーしたんだい?幸村から呼び出しなんて、珍しいじゃないか」
「慶次殿…あ、あぁ、いきなり呼び出したりしてすまない」

友人、真田幸村は中学生のように幼さの残る顔をしている。まだ、顔は少し丸みがあり大きな目が小動物を思わせる。
幸村は頭を掻いたり頬を触ったりと落ち着かない。米神から汗が伝っている。
長い時間ここにいたのだろう。

「好きになってしまったのでござる」

頬を赤くして、幸村は呟いた。昨日の女子生徒を思わせた。

「俺…慶殿に惹かれているみたいでござる」
「…ああ、なるほど」

いくつになっても、慶は男子の視線を集めてしまうらしい。
ここにも彼女の魅力にとりつかれている当たり前の男子がいた。
幸村は、異性との関わりが苦手だと佐助から聞いていたから、恐らく

「どうすればよいでござる」

と聞いてくるだろうという予想は見事に的中した。


「どーすればいいかって?そりゃあ、たくさん話をすりゃいい」
「しかし、慶殿のなかで俺の存在がどのようなものか分からぬ…ゆえに…
 用もなく話し掛けては鬱陶しいと思われてしまわぬか」
「そりゃ無いよ、慶はね…うん、幸村を嫌っちゃいないさ」

だからと言って、好いてるわけでもないが。
はっきり言って、幸村の存在など彼女にとって“同級生の男の子”くらいのものだ。
だが、いまはそんなことを伝える必要もないと慶次は余計なことは言わないことにした。

「慶は好き嫌いする子じゃないよ?」
「左様でしょうか?俺にはそうは見えぬ」
「へぇ、どーしてだい」
「政宗殿に対する態度には違和感を覚えた。まるで、近寄られるのを恐れているようだ。
 ヤツに話し掛けられると、慶殿の眉じりが少し下がるのだ。目を合わせようとしたところなど見たこともない」

幸村は両手の人差し指をそれぞれの細い眉にあてた。
相当慶に惚れ込んでいるようだ。ちょっとした慶の変化に敏感だ。見方を変えれば、常に慶を見ているということか。
慶次はなんだか微笑ましくて笑ってしまった。

「幸村みたいな男、きっと慶は好きだよ」
「茶化すな」

蝉の声に交じって、救急車のサイレンの音が聞こえた。結構近い。だが、二人はたいして気にしなかった。

「What are you doing?」


屋上の扉が開いて、政宗が姿を現した。
突然太陽の眩しい屋外に出たからか政宗はしばらく目を細めていた。
幸村は少し機嫌が悪くなった。政宗と幸村は何が互いに気に入らないのか、口を開くとかならず喧嘩になる。
以前、一度、殴り合いになってしまったところを慶に注意されてから
幸村はなるべく政宗との会話を避けるようになった。
この二人のウマが合わないのは、もしかしたら無意識のうちに“慶”を意識しているからかもしれない。

「前田慶、来てないか」
「来てないよ。教室にいなかったかい」
「ああ、アンタが教室を出た後に…どっかに行ったみたいだ」
「そうか、急用かい?」

政宗は幸村に関心はないようだ。どちらかというと、喧嘩を仕掛けるのは幸村で政宗ではない。
彼は幸村と違い、存在が気に入らないわけでもなく、たいして幸村自身には興味はない。
慶次の問いに政宗は曖昧に首を動かした。

「なあ、家で慶は俺の話をするか?」
「へ?政宗のこと…っていうか、学校の話はしないからな」
「つーか、仲良いのか?おまえら双子」
「そうだな~…俺は慶を可愛いと思うケド、あの子はどう思ってるのかねぇ?で
も、悪いわけじゃないからね。よく一緒に寝たいって言うし」

にいに、一緒に寝てもいい?
幸村と政宗は妄想してみる。夜中、パジャマ姿の慶が添い寝を要求してきて、この腕に温かい体温と柔らかい体を抱き締める。
幸村は、髪を撫でたいと、政宗は、抱いてしまいたいと思った。
惚けた顔の二人を見比べて慶次は吹き出してしまった。

「慶次!!大変だよ!!」

続いて扉を開け放って現れたのは、幽霊でも見てしまったかのような真っ青な顔の佐助だった。
息を切らし、額には大粒の汗を浮かべている。

「何事でござる?」

幸村の問いに政宗も慶次も首をかしげて佐助を見つめた。
ひとつ息を呑み佐助は、叫んだ。

「慶ちゃんが、階段から落ちて病院に搬送された!!!」

 

 

 

 

「だから、嫌なんだ」

病院で手当てを受け、慶はロビーにいた。会計待ちである。彼女以外はほとんど
お年寄りだ。
幸い命にかかわる怪我は負わずに、右足の捻挫と軽い打撲で済んだ。

「慶、帰るよ」

会計を終えた慶次が財布に領収書をしまいながら、慶に言った。
慶が搬送されてすぐ、慶次も病院に駆け付けたのだ。

「よかったな、軽く済んでさ」

右足を引きずりながら歩く慶の頭を撫でながら、慶次は改めて安堵の息を洩らし
た。ロビーを出ると、炎天下の暑さに目眩がした。

「なんで階段なんかで落ちたんだ?」
「…」
「慶、答えろよ」
「にいには、嫌いな人っている?」
「そりゃあ…多少はな」
「慶もいるよ。慶は…政宗くんが嫌いなんだ」
「そーいや、よく避けてるもんな」

幸村が言っていたことは本当だったようだ。
慶はおもむろに胸に手を当てた。どくん、どくんと鼓動している。

「なんで?」

慶次は慶の汗で額にはりついた前髪をそっとかきわけた。
白くて狭い額に汗が浮かんでいる。

「政宗くんに関わると、女の子は皆俺を睨む。それが、すごく嫌なんだもん」
政宗は自分に対するまわりの感情には鈍感なんだな…でも、悪気はないよ」
「それは、わかるよ。わかってるけど…」

慶はぷうっと頬を膨らませた。これは彼女の癖だ。
言いたいことが見つからなかったり、困ったりすると頬を膨らませる。小さい頃から変わらない。

「なんか、わからないの…政宗くんが嫌いなのに、嫌いじゃないような気がするの。
 こう、胸に何かがつかえて取れないんだ」
「慶、もしかして、政宗に…惚れてるのか?」
「ちがうよ!!なんで、政宗くんに惚れなきゃいけないのよ、嫌いだよ、慶は政宗くんが嫌いなの!!
 あの人がちょっかい出してこなければこんな怪我しなくてすんだんだも……!!」

慶ははっとして口を両手で覆うが、すでに遅い。

「政宗のせい?」

慶は首を勢い良く横に振った。だが、慶次は怖い顔で彼女を睨んでくる。

「話せ」
「…」
「慶!!話せ」
「政宗くんのファンの子が、階段で背中を押したんだ。
今日だけじゃないの、政宗くんが話し掛けてくるたびに… 嫌がらせ。ねぇ、慶が何した?
悪いことしたかな?」

ホロホロと大きな瞳から涙の粒があふれ、コンクリートの地面にぽつりぽつり小さな染みを作った。
可哀想だと慶次は彼女を抱き締めた。
慶には自由に恋愛をする権利がある、自分と違って幸せを掴む資格があるのに、それを奪われてしまっていた。
ひくひくと嗚咽と同時に肩がゆれた。

「慶…守るから。俺は慶に辛い思いさせないよ」

今まで慶は数えきれないほどの仕打ちを受けてきたのだ。あるときは、教科書を捨てられて、あるときは暴力をふるわれた。政宗が少しでも慶に関われば女たちは牙を剥く。
それを慶は慶次に黙っていた。心配かけたくないからと、嘘を重ねて誤魔化してきた。
彼女を守るには政宗を近付けなければいい、しかし、それでは彼女を救えない。
でも、それしか彼女を救う手立てはない。
慶次は翌日、慶の介抱をしたいと学校を休もうとしたが慶がそれを許さず学校へ追いやった。
怪我は捻挫程度で済んだから、彼の介抱などさほど必要はないが妹を溺愛する慶次は大げさに世話を焼きたがった。
笑顔で見送った慶が一人留守を預かる家を名残惜しそうに何度も振り返りながらも、慶次は学校にたどり着いた。
まず、幸村が食い付いてきた。怪我は大したことはないと言ったが幸村は腑に落ちないようだった。
次は、政宗だった。
昼休みにトイレで慶のことを聞いてきた。とりあえず大した怪我はなかったことを伝えてやる。

「階段で転ぶとは、前田慶は本当にイイ」

鏡で前髪を整えながら政宗はにやけている。
誰のせいでこうなったと思っているんだ、慶次は手を洗いながら心のなかで悪態を吐いた。

「あの間抜けなところが、cuteだ」
「人の妹を何だと思ってるんだ」
「誉めてるんだよ」
「慶は間抜けじゃないぜ、何も知らないんだな」

もしかしたら、政宗という男はサディストかもしれない。
人のことを悪びれることもなく“間抜け”と言うのだ。

「何も知らないか…、近づきゃ逃げる、どうやって相手を理解しろってんだ」
「逃げるのは、政宗が怖いからだ。アンタ、あんまり自分のこと知らないだろ」
「自分のことは自分がいちばん分かる」
「そうかな?俺には、そうは見えないね」
「なんなんだよ、お前…俺に喧嘩売ってるのか」
「別に。ただ…兄としてアンタに警告しとくよ」



もう二度と、慶には近づかないで。








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