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つれづれに読み物置いてきます。 現在 双子慶ちゃんで学園物語連載中。
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昔から幸村は自分の力だけを信じて生きてきた。幼い頃から師と敬う武田信玄の
もとに住み込みで剣道を習い、小学一年生にして上級生を押し退けで全国一にまで上り詰めた。
中学生になっても、その座は誰にも譲らなかった。

男は強くなければならない


そう信じて幸村は毎日竹刀を振り続けた。
試合に勝てば信玄に誉めてもらえる、喜んでもらえる、それだけが幸村の生き甲斐。
しかし、圧倒的な力を得た幸村には人一倍に欠落した部分があった。
他人とのコミュニケーション能力だ。
トモダチは必要ない、まして恋人などもってのほかである。

「旦那ー、おやつですよ」

今日も幸村は道場で独り黙々と竹刀を振る。
神棚の横に掛けられている時計は15時を指していた。

「今日はみたらし団子だよー」

毎日この時間に佐助は幸村におやつを差し入れする。ちなみにみたらし団子は幸村の好物だ。
いつもなら、すぐに竹刀を放って食い付いてくるはずなのだが今日は反応なく黙々と素振りを繰り返している。佐助はじっと幸村の背中を見つめた。
以前とは違い隙だらけだ。まるで、ワンパターンの動きしか出来ないロボットのように心がない。
ひとつにくくった髪がゆらゆらと揺れている。

「旦那!!」

そっと近付いて耳元で名を叫ぶと幸村は驚いて竹刀を思わず床に落とした。

「は、さ、佐助か…」
「心ここにあらず、そんなんじゃ練習しても意味がないよ」
「すまぬ…」

佐助は額に汗を浮かべている幸村にタオルを渡した。
幸村はすぐにタオルで顔を覆った。

「慶ちゃんのこと、気にしてるのかい」

幸村は正座をし、目の前に差し出された団子に手を伸ばした。浮かない顔だ。

「ウジウジするなんて旦那らしくないよ?好きならアピールしてかなきゃ振り向
いてもらえないよ」
「どうすればよいか分からないのだ。慶殿に、どうしてほしいのか分からぬ」

佐助はゴロリと横になって、床に肩肘をつき頭を支える姿勢をとった。
幸村の色恋沙汰は嬉しいが、見ていて退屈なのだ。
ぼーっとどこかを見つめて動かない幸村、右手に握ったみたらし団子の“み”が
ポタリと床に落ちた。

 

 


「兄貴、アイス食べたい」
「ん?じゃあ買ってくるよ、なにがいい」

慶は首を横に振った。

「慶も、行く」

双子は高校入学を機に、実家を離れ二人でアパート暮らしを始めた。2Kの小さな
部屋だが不自由はない。
一部屋は慶の部屋、もう一部屋はリビング兼慶次の部屋だ。二人掛けのソファと
テレビとテーブル、あとは慶次のベッドとクローゼットが設置してある。

「ダメだ、怪我してるんだから」
「ずっと部屋にいたら滅入っちゃうよ」

慶は怪我をしてから部屋に軟禁状態だ。行きたい行きたいと駄々をこねる慶に観
念し慶次は彼女を連れて近くのコンビニに向かった。歩いて10分ほど行くとコン
ビニが見えてきた。今日も燃えるような暑さだ、すでに汗だくだ。
ピンポンと自動扉が開き、二人は中にはいった。身体中の汗が一気に引いた。
二人は真っ直ぐアイスのショーケースに歩み寄り中を覗いた。
慶次は迷わずモナカアイスを選んで会計を済ませた。だが慶は色々目移りして決
まらない。

「外にいるから」

慶は白いTシャツにデニムのショートパンツというラフな出で立ちで、そのすらりと
伸びた脚を見つめながら慶次は言うと店を出た。
ビニール袋からモナカアイスを取り出して封を切り噛り付いた。口のなかいっぱ
いに冷気が流れ込む。バニラと板チョコがとても甘い。

「慶次じゃねえか」

どこからか名前を呼ばれた。目についたのは漆黒の高級外車だ。後部座席の扉が
ゆっくりと開かれ、政宗が現れた。
彼が金持ちだという噂は聞いていたがまさか事実だったとは思わなかった。
一瞬、暴力団かなにかの車かと勘違いしてしまいそうだ。

「政宗もコンビニなんか利用するのかい」
「いや、借りてるのはそこの駐車スペースだけだ」

まだ慶は店のなかだ。

「一人じゃ、ないんだろ」

政宗はチラリと店内に目を向けた。

「慶がいたらどーするってんだい」
「怖い顔しやがって…分かってるよ、近づかねぇさ…」

政宗の視線の先は間違いなく、慶だろう。もし政宗が一歩でも店内に近づいたら
慶次はその顔に一発拳をぶちこむつもりだ。ピリピリとした彼の殺気を感じてい
るのか政宗は視線を外し、慶次に背中を向けた。

「暑いな、小十郎」

そう呟いて、一歩車に近づいた。

「さようですね」

同時にコンビニの自動扉が開き、真夏だというのに黒いスーツにネクタイをきっ
ちり締めた背の高い男が現れた。
慶次はその男の横顔を見つめた。頬に大きな古傷がはしっているのが印象的だっ
た。

「どうぞ」
「え?」

突然男は慶次のほうを向き、ジャケットの内ポケットから木綿のハンカチを差し
出した。どうすればよいか分からないと言った顔で慶次は反射的に男を見つめた
。男は口元に小さく笑みを浮かべると差し出した左手を慶次の口角に当てた。

「チョコレートがついてますよ」
「あ、あぁそう?ありがと…」

男は無駄のない動きでハンカチを内ポケットに戻して、小さく会釈して踵返し政
宗が待っている車の運転席に乗り込んでいった。
間もなく車のエンジンが掛かり、駐車場から姿を消した。

「ねえねえ!!さっき、ATMのところに渋いかっこいい男の人が…にぃに?」

入れ代わりに慶が興奮気味にコンビニ袋を振り回しながら店から出てきて、慶次の腕を振る。
彼女が言う渋い男の人とは、さっきの男だろう。
慶次は頭が痛くなるほどの嫌悪感を覚えた。
得体の知れない嫌悪感だ。一瞬で慶次はあの男は何か特別なモノをもっていると感じた。

「小十郎っていうんだって、あの人」
「知ってるの?」

慶次は首を横に振る。慶は首をかしげた。

「帰ろうか」

慶次はバニラが溶け始めたモナカアイスをまた一口頬張って、慶の左手を握った。

慶を守るのが、今の使命だ。だから、何事にも気を取られてはいけない。

 

 


物静かで美しい女性だと幸村は思っていた。慶は他の女子生徒より大人びていて
何事にも真面目に取り組む。今思えば、一目惚れだったのかもしれない。
もっとさかのぼれば、入学式のとき最初に覚えた顔は彼女だった気がする。
校門に植えられた桜も、卒業生の旅立ちを見送り、すっかり散ってしまっていた4
月、幸村はピカピカの学生服を着て独り校門をくぐった。入学式も一週間前に済
ませ高校生活が本格的にスタートした。
幸村の視線の先には、いつも慶がいた。
意識してるのではなく、気付いたら彼女の後ろ姿を見つめていた。
少しでも彼女が振り返ろうとしたら、とっさに視線をそらした。
双子の兄と席が並んでいるから、たまに頭が混乱する。
教室から、彼女がいなくなるとそこらじゅうから彼女の話題が聞こえる

可愛い、スタイルがいい

男子は皆同じことを口にする。

対照的に女子生徒はひがみばかりを口にしていた。
幸村にとって、慶は遠くの人。声の届かない場所にいる人に思えていた。軽々し
く彼女のことを口にしては罰当たりだと勝手に思い込んで、絶対彼女と話をしよ
うとせず話題にすることを避けていた。
しかし意外にも歩み寄ってきたのは慶からであった。


「真田くん、昨日保健委員会あったんだよ」
「え…」

幸村と慶は偶然にも同じ保健委員という役職についていた。昨日が初めての委員
会だったことを幸村はすっかり忘れていた。

「…たいした仕事はなかったから、いいよ」

口では許してくれてるが、慶は怒っている。
謝らなければ、しかし、目を合わせることも口を利くことも出来なかった。
教室には誰もいない。慶と二人きりだった。ホームルームが終わってから既に一
時間経ち、皆部活やバイトやデートやらで偶然二人しか残らなかったのだ。
幸村は、佐助の用事がすむまで数学の課題に立ち向かっいた。
慶は何も言わない幸村に呆れたのか、自分の席に戻ってしまった。
彼女は誰かを待っているのか、何度もケータイを確認している。
窓からさす夕陽を浴びる彼女の後ろ姿は、天使のように神秘的で幻を見ているか
のようだ。

「真田くんは」

突然、慶は振り返った。ふわりとポニーテールが揺れる。

「佐助先輩と、知り合いなの?」
「はい」
「そうなんだ。前に昇降口で先輩と楽しそうにしてたから、びっくりしちゃった
よ」

初めて慶の笑顔を見た。先程まで冷たい目をしていた彼女が、細めた暖かい瞳で
幸村を見つめている。

天使だ、天使がいる

「真田くんも、あんな風に、笑うんだね。いつも、むっつりしてるから…なんだ
か嬉しい」

口元に手を添えて上品に笑う慶の姿は、いつも以上に輝いて見えた。

不思議だ
自分が笑うだけで
彼女が嬉しいと言ってくれる

「ごめんなさい」

幸村は呟いた。
慶は二度瞬きをした。

「昨日、一緒に委員会に参加せずに帰ってしまって…その…謝れなくてごめんな
さい」
「いいんだよ、ちゃんと謝ってくれたから」

幸村は頬を赤く染め、破顔した。笑うと一層幼く見える。
幸村の笑みに慶はまた優しく笑みを浮かべた。

「真田くん、笑ったね」
「前田殿も、笑ったほうが、か…かわ…かわいい」


生まれて初めて手に入れたいと思った。優勝トロフィーでも名誉でもなくて、彼
女の笑顔を独り占めにできたらいいと。

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